靖國神社参拝 -終戦81年-
昨日、令和8年8月15日。大東亜戦争(太平洋戦争・アジア太平洋戦争・第二次世界大戦)の終戦81年を迎えました。先の戦火に倒れた英霊並びに、ご遺族の方々にに心より哀悼の意を表します。 私は昨年発表した「大東亜戦争終戦八十年を迎えるにあたって」の精神と立場を現実し、世界の平和を希求します。その為、本年は新たな声明は発表いたしません。声明の詳細は「 大東亜戦争終戦八十年を迎えるにあたって(愛沢北斗ホームページ) 」『 「大東亜戦争終戦八十年を迎えるにあたって」解説 (2026年8月15日投稿)』をご覧ください。 昨日は靖國神社並びに千鳥ヶ淵戦没者墓苑を参拝致しました。当日は曇り時々雨といった天候でありながらも、多くの参拝客の方がいらっしゃいました。私は靖國並びに千鳥ヶ淵に終戦記念日当日に参拝致しますのは初めてののことであり、当日までどのような雰囲気であるのかということはわかっておりませんでした。私が一番に衝撃を受けたことは、参拝前、右翼等の活動家(政治家を含む)の方々が大半と考えていましたが、そんなことはなく、多くの一般客それだけではなく、子どもを連れた家族連れの方々が多くいたことでした。私の親は理系であるのもあり、靖國神社ないしは終戦記念日というものに縁はありませんでした。その為、家族で参拝するという文化がなく、非常に感銘を受けました(私の親は中々酷く、終戦記念日がいつかすら分からないような人です…。)。まだ18の私が言うのもなんですが、終戦81年においても、これだけ多くのそれも一般の方々が英霊への感謝を忘れないでいるということ自体にも感銘を受けました。 私が丁度、靖國に到着する頃に、河合ゆうすけ氏と反河合氏と見られる方が口論になっており、一悶着あったようで、ある程度の騒ぎを感じました。このように、当日の靖國では多様な方々がおられ、少々騒ぎのある空間でありました。しかしながら、正午に黙祷が行われ、その瞬間は風の音までもが聞こえるほどの静寂に包まれ、靖國に来られたすべての方々が哀悼の意を表されたのがわかりました。主義主張はあれど、英霊への感謝と哀悼の誠の心は変わらないと痛感しました。 終戦81を迎え、戦争を体験した世代の方々が刻一刻と少なくなってきています。戦争体験を継承することは非常に困難です。しかしながら、これ...