人権講演会(トランスジェンダー講演会)を受けて
先日、学校で人権講習会という名の、トランスジェンダー講演会を受けました。今回はその感想や、私の意見について書いていきたいと思います。 はじめに、愛沢北斗はLGBTQ+又はその他の性別不合ではありません。精神及び身体共に男性です。本件ではマジョリティー(多数派)の1人である愛沢北斗個人としての意見となりますことをご理解、ご承知おき下さい。 講演を聞いてで一番感じたのは、「トランスジェンダーについて知って欲しい」ということです。私たちにこうして欲しいや、世の中への要望では無く、"存在を知ってもらう"ということに重点を置いていたと思います。確かにトランスジェンダーとLGBTQを一緒に考えてしまうことが多くあると思います。実際、私もそうでした。ちゃんと考えれば違うのはわかっていましたが、配慮とか、そういう事を考える時に一緒に考えることが多かったと感じます。今回の講演でこれを学べたことは成果があったと感じます。 講演の中で「社会的に認められたい」というお話がありました。私は今回の講演ではこの言葉の本意に気付くことは出来ませんでした。社会的に認められるといってもどこまでを認めて欲しいのか、戸籍なのか、トイレなのか。そういう部分が見えなかったのは残念であったと思います。特に、何かと話題になるジェンダートイレや、異性器の付いた状態での異性トイレなど、様々な課題や、社会的不安がある中で、どのようなことを求めていきたいのかが、私は読み取れませんでした。 私のマイノリティー(少数派)に対する考えとして、「公共の福祉の範囲内において最大限配慮及び尊重すべき」という考えを持っています。この公共の福祉というのは、マジョリティーの人々の権利が侵害されないということです。今回の場合で言えば、性別適合手術(性転換手術)を行わないトランス女性の公共の女子トイレや、女子更衣室を使用を認めてしまった場合、一般女性の安全が脅かされる危険性があります。しかし、忘れてはならないのはこれはLGBTQの人々のせいでは無いということです。一部のやばい人(犯罪者)のせいです。しかし、いくら原因がやばい人だと言っても上記を認めるわけにはなりません。先ほど言った通り少数派(LGBTQの人々)に配慮して、多数派(一般の人々)が迫害されてはならないからです。直接的な原因...