私は醜い人間。

 私は本当に性格の悪い人間だと思います。自分の性格の悪さ、倫理の無さにひどく軽蔑します 。いっそのこと、良識を全て捨ててしまえればいいのにとも思います。今回話すことに関しては、私自身悪辣な内容であることを承知の上、賛否の分かれるものであると考えますため、閲覧される方々は先にご留意ください。

 恋愛ってどう考えるべきなのか。私は私の損得で判断をしようとしてしまう、考えてしてしまうことがあります。私の大抵の場合、「情」と「叙事損得」という2観点を独立して考えます。その考え方自体は私は良いと思うのですが、恋愛に適応することは如何かと思います。特に今回の場合に関しては。

 現状、彼女に関しては常時、あまり体調が芳しくない人です。それは、復縁した際から分かっていました。当時の私はそれを確認した上で、承諾しますから、情の面では現在も変わりはありません。今も昔もずっと好きで、私にはもったいないような彼女です。というよりも、昔よりもっと好きになったといった方が正しいです。つまり、体調面を含めてもそれが彼女であって、好きなので、情の部分は基本的に最大値なのです。

 一方の叙事損得という面です。先に述べた通り、基本的に体調が芳しくありません。一般論で考えて、体調が良い人と悪い人であれば「良い人」の方が様々なことが行えるに決まっています。単純な損得で考えた場合、「良い人」の方が私にとって得が多いと考えます。つまり、『この貴重な青春において「良い人」と過ごした方が幸せである。』というのが結論となります。私としても以上の損得結論に関しては同意するものです。実際に体調が芳しくない状況により、断念した先例もあります。

 通常、正式に最終決断を行う場合は、「情」と「叙事損得」を独立して考え、1:1としてそれらを合算し、「合算損得」として最終結論を出します。しかし、通常の感情判断としては「情」が優先されます(大体3:1)。一方、夜など私の感情が安定しない時などは「情」の比率が下がり、「叙事損得」が自動的に大きくなります。私はもともとネガティブな人間であって、自己肯定はそこまで高くありませんが、人前や、昼間などはネガティブを基本的に出さないようにしています。しかし、夜などはそうもいきません。そうなると、どうしても私の自信や、心情が弱まり「情」が小さくなります。

 また、価値観的な観点からもこれが適応されます。例えば、価値観、善悪、常識の齟齬、嗜好、趣味の乖離などにより、「叙事損得」的に将来的に損害があると判断される可能性は高いと考えられます。

 私と彼女はもともと価値観的な観点はそこまで相性が良いわけではありません。しかしながら私は「情」的観点から、相性が良くないからこそ、相性が良いという風に考えています。かみ合わないからこそ、合うところがあるということです。しかしながら、「叙事損得」という観点からは、損害とまでは言いませんが、こちら側が譲歩することとなるでしょう。

 しかしながら、恋愛は基本的に「情」を大切であるというのは私の一つの信条です。なので、基本的には2:1ぐらいで考えています。特に今回は「情」が非常に深いので。しかしながら、どうしても夜などは「情」が下がるので、考えてしまうことがあります。「この貴重な青春において、現状の恋愛は私にとって良いのか。」と。

 そんなことを考えてしまうことを私はいやになります。悩みながらも、彼女に対して損得勘定で考えてしまうことが自己嫌悪します。

 現状、情が深いのと情の比率が高いため、別離などの検討はしていません。繰り返し言いますが、彼女のことが"好き"であることは確実であります。好きでなければ、こんな悩みもないです。それだけは確実です。ただ、この悩みを独りで抱えていけるほど私は強くないので、今回書かせて頂きました。

 今回は以上です。ご覧いただきありがとうございました。

[追記]

「私は醜い人間。」追記(2025年7月30日投稿)

コメント

このブログの人気の投稿

彼女と別れました。

コロナ蔓延!

もう最悪。

夏といえば花火大会🎆

インフルにかかっていました。。